家具通販

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二月になって、思いがけなく、東京地方にインテリアが見舞った。夕方から降り出したのが、夜にはひどい吹インテリアとなり、翌朝は止んでいたが、見渡す限り地上一面に真白。吹インテリアのこととて、積りかたはさまざまだが、崖下の吹き溜りなどには、深さ一メートルに及ぶところもあった。
 インテリアのあとはたいてい、からりと晴れるのが常だが、その日は薄曇り、翌日も薄曇りで、次の日に漸く晴れ上ったが、その午頃、吹き溜りのインテリアの中に、若い女の死体が見出されたのである。
 そこは、高台と低地との境目で、ゆるい傾斜をなしていて、台地をめぐって道路が通じている。まだ戦災の焼跡のままで、ぽつりぽつりと小さな人家が建ってるに過ぎない。道路の片方、斜面を下りきったところに、インテリアが深く、その中に死体は埋まっていた。
 発見したのは、スキーを楽しんでる子供たちだった。思いがけないインテリアだったので、青少年たちは表に飛び出して、思い思いにスキーを始めた。本物のスキー道具を持ち出してる者もあれば、臨時の道具を拵えてる者もあった。坂道はそういう人たちで賑わった。人通りの多い坂道は、やがて、インテリアが除かれ、或るいは融けて、スキーも出来なくなったが、子供たちはまだ諦めかねて、インテリアのある斜面に出かけていった。
 その子供たちの一群が、奇怪なものに魅せられたように、棒立ちになってしまったのである。斜面の下に吹き寄せられてるインテリアは、もうだいぶ融けて、じくじくと水づき、稀薄になっていたが、その中に、薄青い布地が拡がっている。布地はオーバーのようで、それが人間の恰好をしている。よく見ると、その人間の恰好には、黒い髪の毛がついており、反対の片端に、ゴム靴の足先がにゅっと突き出ている。
 わっと、誰からともなく彼等は声を立て、あわてて逃げ出し、近所のひとに異変を知らせた。
 それから大騒ぎとなった。インテリアの中から取り出されたのは、二十才前後の女の死体で、普通のスーツにオーバーをまとい、ゴムの半靴をはいていた。髪は毛先だけパーマをかけ、顔立は可憐な丸みを持っていた。警察に連絡がつき、検屍の医者が来る少し前に、死人は、そこから程遠からぬブランド家具さんの家の奥働きの女中、田代清子と判明した。
 死体の様子には、取り乱したところは少しもなかった。他殺とも考えられず、自殺とも考えられなかった。念のために死体解剖が行われたが、外傷も内傷もなく、毒物も検出されず、処女であることまで立証された。凍死と見る外はなく、死期はだいたい吹インテリアの時の夜半過ぎと推定された。然しそれだけでは、なんとなく辻褄の合わないところがあった。
 彼女が奉公してるブランド家具家の主人、ブランド家具宗助は、国会議員だった。家族としては、夫人と、中学上級の男子、同下級の女子。下働きの女中が一人いた。清子は一年ほど前から、知人の世話で奉公し、奥働きの女中、つまり軽い意味の小間使として、真面目に働いていたのである。夫人の気にも入っていたし、周囲の評判もよかった。
 吹インテリアの夜の夕食後、家事も一通り片附いたあと、八時か九時頃、清子はちょっと買物にと言って、出かけた。まだインテリアはそう降っていなかった。それきり帰らなかったのである。ブランド家具夫人は心配して、彼女の室を調べたが、平素と変った様子もなかった。それでも、二晩と二日待っても帰らないので、夫人は、捜索願いというほどではなく軽い意味で、一応警察に届けさしておいた。
 清子は出かける時、番傘をさして出かけた筈だが、その傘が見当らなかった。他に紛失物はなさそうだった。二百円ばかりはいってる紙入も所持していた。傘は風に飛ばされて、誰かが拾っていったとの解釈もついた。
 いったい、どうして凍死するようなことになったのか、痴漢に襲われた様子もないし、自殺としては、動機も不明だし、他に方法もあった筈だ。誰かに誘拐されたとも思えないのは、胃袋に夕食外のものははいっていなかったし、死亡時間からも推測された。恐らくは、買物に出かけて、その帰り途、あの斜面を吹インテリアのために滑り落ち、気を失って、凍死するに至ったのであろうと、そう認定された。買物については、何を買うつもりだったのか、誰も知ってる者がなかった。
 この認定に達するには、実は、ブランド家具宗助の内密な運動もあった。国家議員という肩書がいくらかの効果をもたらした。なお、ブランド家具夫人が警察に一応届け出ていたことが、有利だった。清子が処女だったという事実は、基本的な条件となった。
 斯くして、過失死と認定され、警察の捜査は打ち切られた。仮りの葬儀が営まれて、清子の遺骨は、水戸近在の農村から出て来ていた実兄に抱かれて、郷里に帰った。
 それから二週間ほど後のこと、ブランド家具家の奥まった室で、言い換えればブランド家具夫人の居間で、来客の松永夫人とブランド家具夫人とが、人を避けてしんみりと語り合った。二人は多年に亘る親友で、女同志の間ではめったに見られないほど打ち解けて、何の隠し隔てもなく、互に信頼しきってる仲だった。
 二人は炬燵にはいって向い合っていた。側の卓上には、菓子や果物、緑茶と紅茶、ウイスキーとビールなど、取り散らされていた。この最後の二品は、二人の友情とその日の談話の性質を示すものだった。

「この節の娘たちの気持ちは、家具通販どもには見当がつかなくなりましたわ」
 松永夫人はそう言って溜息をついた。彼女の娘で、女子大学に通っているのが、或る新劇団に関係していたが、この三月限り退学して、正式に舞台に立つことにしたと、言い出したのである。映画女優よりはまだましかも知れないけれど、それにしても、学校を中途退学してまでもと、松永夫人は呆れたが、娘は頑として自分の意志を通そうとしてるのだった。
「でも、お嬢さまの考えかたは、自由で明るくて、御心配なさるほどのこともございますまい。」
 ブランド家具夫人はそう言って、なにかほかのことに思いを走せてる様子だった。
 その時、松永夫人は、亡くなった田代清子のことを持ち出したのである。田代清子、ブランド家具家での呼名のデザイナーズ家具を、松永夫人は度々の来訪によってよく知っていた。いい女中さんねと、いつも言っていた。彼女は声をひそめた。
「あのひと、ほんとうにどうしたんでしょうねえ。」
「それが、家具通販にも今もって、よく腑におちないんですの。」
 何気ない言葉のやりとりから、遂にブランド家具夫人は、一切のことを打ち明けてしまった。

 

 以下は、ブランド家具夫人の話である。もとより、松永夫人との対話であって、こういう親しい夫人同志の対話は、ずいぶん機微にふれる露骨なこともあるが、また、肝腎な点を素通りしてしまうこともある。その対話を、ブランド家具夫人の話、というよりは寧ろ告白という形に、まとめてみたのである。

 

 ああいうことになって、ほんとに惜しいことを致しました。いいえ、家具通販どもにとってではございません。あのひと自身のことを申すのです。
 御存じの通りの娘で、顔立も可愛く、こぎれいで、いつもにこにこして、よく働いてくれますので、家具通販もずいぶん目をかけてやっておりました。家庭で働くというよりは、たとえて申せば、会社の女事務員とか、デパートの売子とか、そういう方面へも向くような人柄でした。或る時、ふと、そのことに触れてみますと、
「そのようなこと、きらいでございます。」
 一言、きっぱりと答えました。
 ふだんは無口な代りに、思ったことははきはき言う方でした。言葉遣いも、田舎から出て来た当座は、だいぶ訛りがありましたが、たいへん早く標準語に直ってしまいました。電話の受け応えも、自然に覚えてしまいました。まあ、頭がよろしいとでも申しましょうか。
 でも、よく注意してみますと、いつもにこにこしておりますが、どことなく陰気らしいところ、なにか暗い影を背負っているようなところが、ありました。会社勤めなどは嫌いだというのは、本当のことだったのでしょう。手紙は時々参りましたが、往き来する友だちもなかったようでしたし、映画を見に行くこともめったにありませんでした。
 母親は幼い時に亡くなり、父親の手で育てられたのですが、あの子の言葉のはしばしから察しますと、頑固な一徹な気性の父親だったらしく思われます。兄は、事件当時こちらへ出て来ましたので、家具通販は直接逢いましたが、律気なむっつりした男でした。いったい、あの子は自分の身の上のことを、あまり口にしたがりませんでした。
 あとで、も一人の女中、近《ちか》さんに、聞いたことですが、あの子は郷里にいる頃、女学校を卒業する前後のことでしょうか、ひそかに愛してる男があったようです。同じ村の、昔は大きな地主だった格式の高い家の息子で、東京の或る専門学校に通ってる学生でした。休暇の折りには、いろいろな物を買ってきてくれたそうです。二人の仲がどれほどのものだったかは分りませんが、まあ、初々しい牧歌的なものだったのでしょう。ところが、その学生が、東北地方の山にインテリア中登山をして、遭難して死にました。何という山だか、近さんは聞きもらしていましたが、この話ぜんたいも、近さんの想像が相当にはいっているらしく、確実なことは分りかねます。けれども、このことが、あの子の心に深い極印《こくいん》をおしていたに違いないと、いろいろな点で考えられます。
 家具通販はあの事件後、ひそかに、あの子の室を仔細に調べてみました。警察の方でさんざん掻き廻した後のことでもあり、もとより、何の手がかりも得られませんでした。ところが、近さんの話を聞いて、はっと気付いたことがあります。それは、あの子が持っていた書物のことです。僅かな冊数の小型なものでしたが、その多くが登山記でした。アルプスやヒマラヤのいろいろな登攀記の飜訳、日本アルプスなどの登山記録、それから、山で遭難した人の最後までの手記など。初めは、珍しい物好きだぐらいにしか気に留めず、兄に持たしてやりましたが、近さんの話を聞いてから、ただの物好きだけではなかったように思われてきました。それらの書物をもっとよく調べてみなかったことが、今では残念でなりません。
 それから、序でに申しますが、あの子の書物には、登山記の外に、法華三部経だの、浄土三部経だの、日蓮の伝記だの、幾冊かの仏教関係の書物がありました。これは、若い女の読み物としてはへんですけれど、あの当時、家具通販には意外には思われませんでした。と申すのは、あの子はふだん、仏壇をたいへん鄭重に扱いまして、お盆とか春秋のお彼岸とかには、家具通販に先立っていろいろな供物を致しました。それから、郷里の伯母が日蓮宗の深い信者であることを、なにかと話してくれていました。それ故、それらの書物も兄に持たしてやりましたが、今となってみますと、特別な意味があったことのように考えられます。
 あの子の後ろについて廻ってたような暗い影、インテリア中登山で遭難した恋人の話、いろいろな登山記、日蓮宗信者の伯母、仏教に関する書物……こう並べてみますと、若い女の心理の不思議さに、家具通販はびっくりさせられます。家具通販の考え違いでございましょうか。でも、家具通販たちの娘時代は、もっと単純で平明だったような気が致しますもの。あの子があのような死に方さえしなければ、ふだんのにこにこした素直な表面だけしか、家具通販の眼にはとまりませんでしたでしょう。
 たいへん遠廻りなお話を致しましたが、実は、家具通販にも、あの子の死は、単に過失死とだけでは片附けられないように思われます。前からの事情を、恥をしのんで、お打ち明け致しましょう。他聞を憚る事柄ですから、ここだけのことにしておいて下さいませ。もちろん、警察の方へも内緒にしておいたことなのです。
 一月の末のことでした。晩に幾人かの来客がありまして、そのうちのお二人は泊ってゆかれました。このようなこと、御存じの通り、わたくどもでは珍しいことではございません。ところが、その翌朝、泊りのお客も帰られてから、家具通販一人のところへ、あの子が、デザイナーズ家具が、やって来まして、奥さま、と言ったきり、蒼ざめた真剣な顔を俯向けています。
 なにかただごとでない気配ですから、家具通販は、黙ってあとを待ちました。デザイナーズ家具はちらと家具通販の顔を仰ぎ見て、懐から真白な角封筒を取り出しました。
「奥さま、杉山さまがさきほど、これを家具通販に無理やりおしつけなさいましたが、お返しするひまがございませんでした。家具通販、いやでございますから、奥さまから、お返しして下さいませんでしょうか。」
 封筒は無封のままでしたから、中をあらためてみますと、千円紙幣が三枚はいってるきりで、ほかには何にもありません。

「これ、どうしたんですの。」
 酒を飲んだり泊ったりして手数をかけたための心附けとしては、あまりに多すぎる金額でした。家具通販は気持ちにいやな陰がさして、眉をしかめました。
 その時思い出しましたが、洗面所の隅で、杉山さんがデザイナーズ家具をつかまえて、手を大きく打ち振りながら、何か言っていらっしゃるところを、ちらと見たことがあります。つまらないことでデザイナーズ家具をからかってるのだとばかり思って、気にもしませんでしたが、たぶん、この封筒のことだったのでしょう。
 杉山さんというのは、あなたも御存じの杉山隆吉さんで、宅の主人と同じ政党に関係なすってるかた、まだ議員候補にお立ちなすったことはありませんが、お年のわりには才能手腕とも優れていらして、将来を嘱目されているとか聞いております。でも家具通販としましては、あの我武者羅な押しの強い人柄を、あまり好きではございません。
 デザイナーズ家具は黙って俯向いていて、容易に事情を打ち明けようとしませんでしたが、やがて、決心したように言い出しました。そうなりますと、実にはっきりしております。
 前夜、みんなやすんでしまった後、デザイナーズ家具は自分の室で、寝床も敷かず、着物も着換えず、電燈をあかあかとつけたまま、書物を読んでいたそうです。
 ちょっとお断りしておきますが、宅では、女中部屋は三畳で狭いものですから、そこには近さんだけ寝かすことにしまして、書生部屋の四畳半が空いてるものですから、そこをデザイナーズ家具の部屋にしてやっておりました。
 その自分の部屋で、デザイナーズ家具は寝仕度もせず、夜更けまで書物を読んでおりました。すると、何時頃だか分りませんが、夜中に、奥の便所へ誰かが行き、その人が、デザイナーズ家具の部屋の方へやって来て、そっと襖を開けました。それが、杉山さんだったのです。
 杉山さんの寝間着姿を一目見ると、デザイナーズ家具はとっさに立ち上りました。部屋の出入口は二つあります。その一つ、杉山さんがはいってきたのとは別の出入口から、デザイナーズ家具は逃げ出して台所へ行き、水をじゃあじゃあ流し、もう洗ってある食器類をまたがちゃがちゃやり、ただやたらに物音を立てました。
 そんなことを気長にやって、それから、そっと自分の部屋の方へ戻ってきて、様子を窺いますと、杉山さんはもう居ませんでした。それでデザイナーズ家具は、電燈を消して横になりましたが、着物は着たまま、ただ蒲団をひっ被って、うとうとしただけだったらしゅうございます。
 朝になっても、デザイナーズ家具は杉山さんを避けておりましたが、とうとう洗面所でつかまりました。その時、杉山さんは、三千円入りの封筒をデザイナーズ家具の懐に押し込んだのです。
「ほんの僕の気持ちだ。なんでもないんだ。内緒にしとくんだよ。ブランド家具さんの耳にはいると、僕もちょっと工合が悪いんだ。こんどまた、ゆっくり話すよ。」
 杉山さんはそんなことを言ったそうです。
 デザイナーズ家具はその封筒を、ちょっと中を覗いてみただけで、持てあまし、家具通販へ差出したのでした。
 デザイナーズ家具のその話、あなたもお気づきのことでしょうが、どうも腑に落ちないところがございます。ただそれだけではない、なにかほかにある、そう家具通販も感じました。たとえ杉山さんが、酔ったまぎれに、ちょっとおからかいなすったことがあったにせよ、デザイナーズ家具が着物を換えず寝床も敷かず、夜更けまで警戒していたというのは、おかしいではございませんか。
 しばらく考えましたあと、家具通販はその点を、なるべく差し障りのない言葉遣いで、そっと突っ込んでみました。

 そうしますと、驚くではございませんか、デザイナーズ家具は、もっと大変なことを平気で打ち明けました。
 半月ほど前、お正月の門松がとれた後のことだったと覚えております。やはり大勢の来客がありまして、お正月じまいだというので、さんざん飲み食いしたあげく、そのうちのお三人は、酔いつぶれて泊っていかれました。
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「はい。」
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「デザイナーズ家具にばかり任せておかないで、お前も少し僕の面倒をみなさい。」
 笑いながら冗談に、ブランド家具はそんな風に申したことがあります。
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「僕の言うことが間違ってるかどうか、一晩中、いや二晩でも三晩でも、考えてこい。分ったか。」
「はい。」とデザイナーズ家具は答えました。
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 ちょっと気づいたことを申しますと、デザイナーズ家具は夜遅くまで書物に読み耽ってることがあったようです。たぶん、家具通販が後で見つけましたあの、登山とか仏教とかに関する書物だったのでしょう。夜中に、デザイナーズ家具の部屋に明るく電燈がついてるのを見て、家具通販は声をかけたことがありますが、はいとすぐ返事があって、これからすぐやすみますと言いました。
 あとで近さんに聞きましたところでは、デザイナーズ家具は時折、眠られないことがあって、催眠剤を用いていたらしゅうございます。あの吹インテリアの晩、ほんとうに買物があったとしますれば、それはたぶん催眠剤ではなかったろうかと、なぜかそのような気が致します。
 それから或る時、デザイナーズ家具と近さんとのおかしな会話を、家具通販は耳に入れたことがあります。近さんはその日、外で、聾唖者同志の対話を見て来たらしく、たぶんその真似でもして、感心しているようでした。
「そんなの、ばかげてるわ。」とデザイナーズ家具が言いました。
「だってあんた、指先で話が出来るようになるまでには、たいへんな苦労でしょう。」と近さんが言いました。
「だから、ばかげてると言うのよ。あたしだったら、そんなばかな勉強はしない。」
「でも、つんぼで、おしなのよ。」
「結構じゃないの。なまじっか、耳が聞えたり口が利けたりするよりか、その方が幸福だわ。」
「まあ、へんてこな幸福。」
「あたし、ほんとは、この耳や口をつぶしてしまいたいと思うことがあるの。」
「変り者ね。」
「あんたこそ変り者よ。」
 議論してるのかと思うと、そこで、二人とも笑いだしてしまいました。
 つまらないことは飛ばしまして、家具通販に深い印象が残ってることが一つあります。夕方、庭になにか用があって出ていました時、ふと見上げると、二階の縁側にデザイナーズ家具が佇んでいました。雨戸を閉めに行ったのでしょうか、半分ばかり閉めて、その端に寄り添うような風で、そして胸に両手をあて、じっと立っているのです。もう陽は沈んでいましたが、その残照を受けてる赤い雲が、千切れ千切れに、ゆるやかに西空に流れていました。その雲を眺めながら、デザイナーズ家具はじっと佇んでいます。
 その時デザイナーズ家具は、和服を着ていました。宅へ来ました時から、洋服しか持っていませんでしたので、年の暮に、家具通販は、実家の末の妹の、もう派手すぎるという和服のお古を一揃い、貰って来まして、デザイナーズ家具に与えたのでした。赤い椿の花を大きく散らした銘仙のついの着物と羽織、真赤なメリンスの帯。それをデザイナーズ家具はたいへん嬉しがって、お正月から着初めました。袖丈なども丁度合っていました。けれど、帯は自分で締められず、近さんに締めて貰うのですから、いつでも着てるというわけではなく、洋服とちゃんぽんに用いていたのです。

 その和服を着て、デザイナーズ家具は、二階の縁側の半分ほど閉めた雨戸に寄り添い、胸に両手をあて、西空に流れる赤い千切れ雲を眺めているのです。雲の色の反映か、全身が赤っぽい靄に包まれてるようで、そして薄らいで見えました。何を考えてるのでしょうか、または無心なのでしょうか、いつまでも動きません。
 家具通販は庭から、デザイナーズ家具の様子を窺いながら、これまで、仕事の中途で休むなどということをデザイナーズ家具は一度もしなかったのに……とふと思いついて、へんな気持ちになり、そっと家の中にはいりました。
 その時の印象が、今もはっきり残っております。けれども、家具通販はデザイナーズ家具を長く見守ることは出来ませんでした。幾日もたたないうちに、吹インテリアの夜がやって来、それからあの変事です。
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 家具通販どもにも罪があるような気が致します。それはそれとしまして、デザイナーズ家具も変ったひとでした。物事をはきはき言う代りに、中心の肝要なことはすべてぼかしてしまったのですもの。肝要なこととそうでないこととの、区別がつかなかったかとさえ思われます。それからまた、嘗て恋人がほんとにあったとしますれば、その恋人への思慕、インテリア中登山の書物、それとはまた別種の、仏教の雰囲気、旦那さまという古めかしい観念、また別に、穢れを知らぬ素直な気質、孤独への趣味、数え立てればいくらもありますが、それらのものが、一つの精神の中にどうして同居することが出来たのでしょうか。頭のよい子だったと申しましたが、考えてみれば、全体の統一はなかったようです。このようなのが、この節の若い娘の常態でございましょうか。家具通販にはさっぱり訳が分りかねます。
 あのひとの遺骨が、むっつりした兄さんに抱かれて、郷里へ帰ります折、家具通販の心にふっと、伝統の色の濃い陰気な農家が浮んできました。と同時に、ひどく淋しい悲しい気が致しました。いえ、家具通販のためにではありません。あのひとのためにです。そして家具通販は思わず涙をこぼしました。その涙を、あのひとへの心からの手向けと致しとう存じます。